Medtronic History

70年の時をかけて...

メドトロニックは、ミネアポリスの小さなガレージの電気修理工場から、メディカルテクノロジーのグローバルリーダーへと成長しました。

メドトロニックの軌跡をご紹介します。

沿革スライド

1949-1960年

1950年代

1949年、電気工学の大学院生だった義理の兄弟、アール バッケンと新進気鋭のエンジニア、パーマー ハーマンズリーが、医療用電子機器を中心とした修理事業を開始しました。これがMedical(医療)とElectronic(電子工学)という2つの単語を組み合わせた、Medtronicの名前と誕生の由来です。

ガレージの前に停められた2台の1949年式の車

1949年 ガレージギャング

彼らは、自分たちの科学的な知識と起業家精神を、人々を助けるために活かそうという情熱と深い道徳的な目標を持っていました。仕事の量が増えるにつれ彼らは従業員を数人増やし、自らのことを「ガレージギャング」と呼ぶようになります。これは、ハーマンズリー家のガレージと木工作業場として使われていた2台の有蓋車(鉄道貨物列車)を利用した質素なオフィスにちなんだものでした。

立っている男性グループ

1950年 黎明期

バッケンとハーマンズリーは、マサチューセッツ州ボストンのサンボーン社の医療機器の販売を始め、ミネソタ大学の医療スタッフや研究者を含む、地元の病院向けにカスタマイズした「特注品」を製作していました。

ベッドで医療機器を持つ男性と、そのベッド脇に2人の女性

1957年 世界初の電池式ペースメーカ

1957年、ハロウィンの日にミネアポリスで停電が発生した際、開心術後にしばしばペースメーカの接続が必要だった患者さんの命が危険にさらされました。当時のペースメーカは、大きくてかさばる箱をカートに乗せて、コンセントに差し込んで使用するものでした。患者さんを心配したミネソタ大学の心臓外科医は、電池式のペースメーカを作れないかとアールに尋ね、その4週間後、この画期的な装置が人々の命を救い始めることになりました。熟練したパイロットだったパーマーが、ビーチクラフト ボナンザ(ビーチ・エアクラフト社製の軽飛行機)を操縦して全米を飛び回り、このペースメーカを顧客に届け、ほどなくして、メドトロニックの「ウェアラブル(身に着けられる)」ペースメーカは、世界中の医師へと出荷されるようになったのです。さらに1年後、メドトロニックは体内植込み型ペースメーカを開発しました。

1960年代

1960年代

新たに制定したミッションのもと、メドトロニックはコア技術である電気刺激に加え、機械的装置を増やして、1960年代には国際的な企業へと成長していきました。

ペンを持ちノートに書き込む手

1960年 メドトロニックのミッション

アール バッケンは、メドトロニックの取締役会において、のちにメドトロニックのミッションとなる「痛みをやわらげ、健康を回復し、生命を延ばす」の草稿を初めて執筆しました。

デスクに着席した笑顔の女性

1967年 世界展開の始まり

メドトロニックの事業拡大の準備は整っていました。1967年、最初の海外オフィスをアムステルダムのスキポール空港に設置し、1968年にはメドトロニック カナダを設立しました。

1970年代

1970年代

1970年代、メドトロニックは、その影響力と製品供給を世界に拡大していきました。ニューヨーク証券取引所への上場も果たし、企業としてのシチズンシップの活動も大きく前進させました。

世界地図

1970-1974年 国際市場

中国、インドなどの新興市場に参入したことで、メドトロニックは、医師にメドトロニックの最新技術によるトレーニングを提供することや、現地の慣習やパートナー企業に配慮した仕事をすること、最新技術を手頃な価格で利用できるよう独創的な方法を見つけることの重要性を学びました。そして1974年までには、世界70カ国以上でサービスを提供するようになります。

メドトロニック財団のロゴ

1974-1979年 企業としてのシチズンシップ

1974年、メドトロニックは雇用均等の専任担当者を雇い、1975年にはマイノリティサプライヤープログラムを制定しました。1979年には、メドトロニックやバイオメディカル業界、顧客や患者さんに対して複数かつ重要な貢献を果たした技術系社員を表彰する、バッケン ソサイエティが設立されました。そして同年、メドトロニック財団(USサイト)が設立され、メドトロニックのミッション第6条の主旨である企業としてのシチズンシップへの取り組みも強化されていきました。

人工心臓弁

1977年 人工心臓弁

メドトロニックは1977年に心臓弁部門を設立し、同年、新しい機械式心臓弁を市場に投入しました。この製品の傾斜した円板弁は、弁のデザインにおける重要な進歩であり、その後約四半世紀にわたって世界中の医師に選ばれ続けました。

1980年代

1980年代

1980年代、メドトロニックは材料科学者を増員し、研究開発を倍増させて、製品性能報告書の発行を開始しました。これはアメリカ食品医薬局(FDA)がその発行を義務付ける27年も前のことでした。そして1985年、フォーチュン500 全米の株式公開大企業リストにランクインしました。

胸と頭に医療機器を装着した上半身裸の男性

1983年 神経刺激療法分野への参入

メドトロニックは、電気刺激を用いて心臓のペースを調整する科学研究に基づき、フランスの医師と協力して、世界初の運動機能障害治療のための脳深部刺激療法を開発しました。

研究室で実験着を着用した人の横からの姿

1985-1990年 新製品、新市場

1980年代後半には、研究開発を強化して、世界初の植込み型輸液ポンプを開発しました。約12社の企業を買収したメドトロニックは、生体心臓弁、人工心肺装置、冠動脈形成術用カテーテル、遠心血液ポンプなどの新市場に参入しました。

3つのヒトの腰から上の模式図

1989年 コア技術の成長

かつて電気刺激と機械的装置だけだったメドトロニックのコア技術は、1989年には、薬剤や生物製剤のデリバリー機器、診断機器や遠隔モニタリングなどへも拡大していきました。

1990年代

1990年代

1991年には、年間売上が10億ドルに達しました。90年代の10年間に買収や製品開発によって、心臓や脊椎の治療法の選択肢も拡大しました。

メドトロニックのネックストラップをつけた人たちが着席して話を聞いている様子

1990-1993年 従業員リソースグループの設立

メドトロニックは、従業員全体を3つの側面からグループ化した従業員リソースグループ、メドトロニック女性従業員ネットワーク(1990年)、アジア系従業員リソースグループ(1992年)、アフリカ系従業員ネットワーク(1993年)を設立しました。これらのグループには共通の目的があり、それは、協力と理解を促進し、障壁を取り除いて、成長の機会とサポートを提供することで、従業員がメドトロニックで最大限の能力を発揮できるようにするということでした。

2つの植込み型除細動器

1996年 植込み型除細動器

1996年、それまでの10年間の研究開発の成果として、メドトロニックは植込み型除細動器シリーズの最初の2機種を発表しました。これらは心臓の鼓動が速くなる「頻脈」を治療するためのものでした。

ヒトの首と背中部分の脊椎の模式図

1999年 脊椎医療への進出

1999年、メドトロニックは、当時成長中だった脊椎と生物製剤の事業を強化するため、脊椎分野を牽引していたソファモアダネックグループを買収し、世間の注目を集めました。ソファモアダネック社の資産の中には、脊椎を固定するためのグラフト製品や、「rhBMP-2」と呼ばれる骨形成タンパク質の開発といった、まだ始まったばかりの有望なプロジェクトも含まれていました。

2000年代

2000年代

2000年から2009年は初めての試みが多くなされ、成長を支える施設の拡張を行いました。

正面にメドトロニックのライジング・パーソン像がある建物

2001年、2009年 新しい施設

2001年にミネソタ州フリドリーに新しく本社を構え、2009年にはメドトロニックユニバーシティという社員向け教育が始まりました。これは、リーダーシップやテクノロジー、機能的な能力開発のための包括的トレーニングと教育を、対面およびオンラインの両方で社員に提供するというものです。

医療機器を装着したヒトの胴体

2001年 糖尿病ケア領域への進出

メドトロニックは、糖尿病治療マーケットを牽引していたミニメド社を買収しました。ミニメド社では当時、バイオメディカルエンジニアのチームが、クローズドループによる糖尿病治療の中で、重要な要素である持続グルコースモニタを開発していました。この買収によってメドトロニックは、世界中の人々にとってより良い糖尿病管理を可能にするための大きな一歩を踏み出しました。

心臓に手を当てている少年

2002年 初の遠隔モニタリングシステム

メドトロニックは、CIED(心臓植込み型電子デバイス)のシステムとして業界で初めて遠隔モニタリングシステムを導入しました。これは、特定の患者さんのデバイスの情報を、インターネットを介して認定された医師に安全に送信することができるシステムです。

経カテーテル心臓弁

2006年~2010年 経カテーテル心臓弁

メドトロニックは、2006年に欧州において、また2010年には米国において、経カテーテル肺動脈弁の販売承認を取得しました。この経カテーテル肺動脈弁は、低侵襲手術で移植できる4つの心臓弁のうちの1つです。さらに2009年には、コアバルブ社を買収して、重度の大動脈弁狭窄症の患者さん向けに経カテーテル大動脈弁の提供を開始しました。

オフィスビルの航空写真

2007年~2008年 環境に配慮した持続可能な事業活動(USサイト)

2007年、メドトロニックは、環境・健康衛生・安全(EHS)管理システムと環境サステナビリティポリシーを採用しました。さらに翌2008年には最初の「環境サステナビリティとガバナンスに関する報告書」を発行しました。

2010年代

2010年代

2010年代は、大規模な統合と、各治療領域への最先端の製品の導入、そして地理的にも大きく成長を遂げた時期です。2013年には140カ国以上で治療法の開発・製造・販売を行うようになり、これは1974年と比べて2倍になりました。

白衣とヘアネットを着けた男女が医療機器を見ている様子

2010年~2013年 中国での成長

2010年、北京に患者ケアセンターを開設し、治療法のハンズオントレーニングを行えるようにしました。さらに現地の医療機器メーカーと提携し、中国の患者さんとその医師にとって大きな意味を持つ脊椎・整形外科製品を提供できるようにしました。

「More impact. With less impact.」の文字が入ったイメージ画像

2011年 サステナビリティへの取り組み

メドトロニックは、サステナビリティのパフォーマンスとレポーティングを企業全体で推進するため、2階層の機能横断的な管理体制を導入しました。またその5年後、サプライヤーの社会的・環境的責任のある事業活動を支援するため、レスポンシブル・サプライマネジメントを立ち上げました。

Medtronic + Covidienのロゴタイプ

2015年 コヴィディエン社と統合

2015年1月26日、メドトロニックの歴史において重要なマイルストーンとなる、コヴィディエン社との統合を完了しました。両社の広範な能力を結集することで、医療における重要な課題の一つを解決するためのメドトロニックの取り組みが強化され、より多くの人々を、より多くの場所で治療することが可能となりました。

ソーラーパネルを設置した建物の航空写真

2015年 環境目標

メドトロニックの世界中の施設、製品、サプライチェーンにおける環境への影響を一元管理するために「環境・健康衛生・安全(EHS)ビジョン2015」を施行しました。4年後には、エネルギー使用量、排出量、非規制廃棄物、水使用量の削減によって、2020年の5つの目標のうち4つの目標を達成しました。

腰かけてチラシを見る二人の男性

2016年 メドトロニックラボ(USサイト)

メドトロニックラボは、世界中の十分なサービスを受けられていない患者さん、ご家族、コミュニティへの、ヘルスケアへのアクセスを拡大するためのソーシャルビジネスとして立ち上げられました。メドトロニックラボは、医療全般にわたる重大な障壁に対処するため、テクノロジーを活用したサービス提供モデルの設計、構築、拡大を行っています。

カプセル剤とペースメーカをのせた手のひら
手術室にて手術着を着用した2名の医療従事者

2011-2019年 最先端の製品

メドトロニックは、ペースメーカ技術の新しい道を切り開き続けていきました。

  • 2011年には、特定のMRI環境でも使用できるように特別に設計された心臓ペースメーカを発売し、ペースメーカ患者さんが最新の画像診断技術を利用できるようにしました。
  • 世界最小の心臓ペースメーカ、リードレスペースメーカ(2016年、左写真)は、10年に及ぶ「大幅な小型化」と呼ばれた取り組みの結果、生まれました。心臓にリードという導線を通して患者さんの胸に植え込む一般的なペースメーカとは異なり、リードレスペースメーカは患者さんの心臓に直接植え込むことができるものです。

また、新製品の開発により、患者さんや医療従事者に新たな選択肢をもたらしました。

  • 世界初のハイブリッド型クローズドループインスリンポンプシステム(2016年)
  • 世界最小の植込み式脊髄刺激装置(2017年)
  • 手術支援ロボットシステム(2019年)
着席し、笑顔で聴講する女性たち

2013年 メドトロニック ウィメンズネットワークと男女共同参画

2013年、メドトロニックは、従業員リソースグループに加えて、従業員ネットワークを創設し、リーダーシップによる強力な責任体制を確立しました。例えば、メドトロニック ウィメンズネットワーク(MWN)とメドトロニック グローバル メンタリング プログラムは、従業員の能力開発の機会を増やし、女性をリーダーシップポジションへ昇進させるために2013年に設立されました。2010年代の終わりには、メドトロニックは、米国を含むいくつかの国で男女賃金平等を100%、世界全体では99%達成しました。さらに、グローバルでの管理職に占める女性の割合は38%となり、2020年の目標である40%以上、そして最終目標の50%以上に近づいています。

2020年代

2020年代

2020年代は、多様でインクルーシブな職場環境を強化するための取り組みや、新しいリーダーシップへの移行などで、多忙な幕開けとなりました。

オレンジ色のスーツを着たカメラ目線の女性

2020年 多様でインクルーシブな職場環境

メドトロニックは、インクルージョン&ダイバーシティ、そして共同参画に対する長年の取り組みを強化するため、チーフ インクルージョン&ダイバーシティ オフィサーという役職(USサイト)を設置しました。インクルージョンを推進し、女性管理職を増やすための取り組みが世界的に評価され、カタリスト賞(USサイト)を受賞しました。

ジェフ マーサ
人工呼吸器が並んだ脇にいる作業着の男性

2020年 パンデミック下でのミッションに基づく行動

COVID-19が世界中を席巻したとき、メドトロニックはミッションに指針を求めました。新CEOジェフ マーサを中心に、ミッションからインスピレーションを得て、パンデミックへの対応のために迅速に行動をとりました。
わずか数ヶ月の間に、メドトロニックは次のことを行いました。

メドトロニックは、引き続き、対応への協力方法や支援を行う方法を模索して、この問題に取り組んでいます。新型コロナウイルス感染症との世界的な闘いにおける当社の取り組みについては、こちら(グローバルでの取り組み(USサイト)日本の取り組み)。