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高野博さん

社会保険労務士

心臓病と闘い続けるランナー、マラソンで全国レース制覇

「房室ブロック」が発覚、ペースメーカの植込み手術を決断

私がジョギングを始めたのは30 代前半。国内外のフルマラソン大会に出場するようになり、自己最高記録は3時間4 分23 秒。もはやマラソンのない人生は考えられないほど、走る爽快感の虜になっていました。ところが61歳の時、脈が不規則となる「完全房室ブロック」が発覚。医師から、「ペースメーカを植込まなければ、倒れてしまうかもしれない」と宣告を受けました。

しかし医師の宣告から2年、病状が悪化し、ついに覚悟を決めました。また元気に走れるようになるなら…という思いで、ペースメーカの植込み手術を受けました。手術前は悩んでいましたが、今では「もっと早く手術を受ければ良かった」と思っています。半年後にはレースに復活し、手術から2年後には、フルマラソンとウルトラマラソンの大会完走200 回を達成することができました。

家族に支えられて夢実現、次の目標は「地球2周分」

ペースメーカの植込みを行ってから、正直、タイムは遅くなり厳しい時間制限に苦しめられることもありました。でも「生かされている」という気持ちが強くなりましたね。1回1回の走りが楽しくて仕方がないです。そこで次は、まだ走っていない3 県のマラソンレースに出場し、47都道府県すべてのレースで完走しようと決めました。

2015 年5 月、念願の全国レース制覇がかかった福井県「第四回東尋坊愛のマラニック」(52kmの部)に出場。這ってでも最後までやり遂げる覚悟で挑みました。結果は、8時間17分4秒で完走!やったというより、できたという感覚でした。ペースメーカの植込みを受けたランナーで全国レース制覇したのは、私が初めてとのこと。支えてくれた妻や周囲の人たちのおかげです。実は、妻と一緒に出場したレースも30 回以上あります。妻は私の最大の理解者。一緒に走ってくれる時は、私が妻のペースに合わせて、2 人の時間を楽しんでいます。これでフルマラソン以上の大会での完走は220 回になりました。ハワイの7大フルマラソンのうち、4つのレースでの完走も果たせました。残り3 つのレースは、妻と走りたいですね。すでに地球1周半分は走りましたから、次は2周(8万キロ)を目指します。